ツインレイ に出会ってしまった!-6『無償の愛とは』
理性的な判断をしたとしても、彼と出会ってからの私は、トラウマは蘇るし、相手との未来にまったく希望が持てないしで、泣いてばかりいた。
なんの見返りも期待せずに、ただ相手の幸せを願う心になることが、唯一、平安でいられる心の在り方だと気づいていった。
相手に期待しているとき、自分の隣にいて欲しいのに、なぜいてくれないのか、そんなふうに相手に幸せにしてもらおうと思う時、悲しかったり、辛くなるんだ、と気付いた。
どんな時も、自分で自分を幸せにする、そのやり方を見つけようと思った。
そして彼に対する愛情を、深く深く見つめ、広げていき、彼のお子さんを我が子と思ってみた。
そうしたら、初めて、自分の親に対する愛と深い感謝を感じた。
子どものいない私は、親の愛を深くは知らなかったのだ。
だけど、彼の子どもを通して、私は愛というものを体験した。
彼の子どもを養うために、自分自身がいくら稼げば良いか?
そんなことを考えた。
会った事もない子ども達を本当に愛しく思った。
女の子だったら、手作りで何かつくってあげたいなぁ、こんな本を買ってあげたいなぁ。
そう思うとき、ああ、母もそうだったのだと感じられて涙がこぼれた。ありがたかった。
私は仕事で子ども達と触れ合う機会もあるので、そんな時、彼の子どもと同じ年の子ども達を見ると嬉しくなった。
みんなが私の子どもみたいに感じた。
みんなが私に向かって話してくれた。
そうやって、彼との道を見失い、辛くなるたび、苦しくなるたび、私は自分自身の心に向き合い、新しい考え方を探した。
それは、愛を広く広く広げていく道だった。
彼だけでなく、彼を取り囲む家族、会社、社会が幸せでありますように。
広げれば広げるほど、心が安らかになった。
また、生きる希望を感じられない時期には、ただ、彼が生きる世界、時代に生きられることに感謝した。
それだけでも素晴らしいこと。
きっとどこかで元気に生きてる。
彼に出会えて、人を信じることや、愛を教えてもらえた。
本当に良かった。ありがとう😊
人は愛を学ぶために、地球にやって来たのだ、と、誰かが書いていた事を思い出した。
(つづく)
●今日のお花
初夏と夏のお花は、涼しいのとパワフルなのと。